出口の見えない日々

※この記事には、希死念慮についての体験が含まれます。読んでいてつらくなった場合は、無理をせず、ご自身の体調を優先してください。

うつ病と診断されて4年目。

その強さに波はありましたが、希死念慮は続いていました。

ある日の日記にはこう書いてあります。

“本当は全てをリセットしたい。

 けれどお金はないし、今の私には解決策がない。

 死ねばこの悩みはなくなる。

 だって耐えられない。”

身辺整理についても調べ始めました。

この頃、自死することだけが私にとっての正解となっていました。

“いのちの電話”にもかけてみました。

でも、その日はつながりませんでした。

「助けて」と声を上げても届かない。

そんな気がして、さらに孤独を感じたことを覚えています。

家族や友人と会うと、相手のエネルギーに圧倒され、

疲れ果ててしまうので、イベントへの参加をことごとく断っていた時期もありました。

私は「いつでもすべてを終わりにできる」と思えるものを手元に置くことで、

不思議と安心してしまっていました。

今振り返ると、それほど追い詰められていたのだと思います。

🌿今の私が思うこと

この頃、まだ実家に住んでいたので、

体調の悪い日に家族からかけられた言葉に傷ついたり、

自分のペースを乱されることに強いストレスを感じていました。

後に、

“一人暮らしをすることで解決する問題の方が、多いのかもしれない。”

そう考えられるようになりました。

“死”しか見えていなかった私に、

“一人暮らしをする”という新しい目標が生まれたのです。

死ぬことしか選択肢がないと思っていた私にも、

少しずつ別の道が見え始めていました。

つづく。

寝太郎

20代でうつ病を発症。
現在はアラフォー。
「うつ病と一緒に暮らす毎日」をテーマにブログを書いています🌿

𝕏ではブログ更新のお知らせや、日々の出来事もゆるく発信しています🌿

寝太郎をフォローする
あの日の日記
シェアする
寝太郎をフォローする
タイトルとURLをコピーしました