寝太郎

あの日の日記

「死んじゃダメ?」彼の答え

休職中、消えない希死念慮に苦しみ、「どうして死ぬことは許されないのだろう」と考えていました。そんな私に、当時の恋人がかけてくれた忘れられない言葉。今だから気づけた、その本当の意味を書きました。
あの日の日記

産業保健師との出会い

休職5か月目、会社の産業保健師さんと初めて面談しました。「復職を急がなくていい」「“MUST”ではなく“したいな”と思えるくらいに」という言葉が、今でも心に残っています。
あの日の日記

法事に行けなかった日

うつ病と診断されてから初めて参列した法事で体調を大きく崩しました。主治医の言葉をきっかけに、「無理をしない」という選択を少しずつ受け入れられるようになった体験を綴ります。
あの日の日記

休職中に迎えたお正月

休職5か月目、うつ病と診断されて初めて迎えたお正月。楽しい時間を過ごしたはずなのに、心も体も限界を迎えてしまいました。回復には波があることを知った、当時の日記を振り返ります。
病気と暮らす

うつ病患者に「頑張って」?

「うつ病の人に『頑張って』と言ってはいけない」とよく聞きます。でも私は、「頑張って」という言葉に救われた日も、苦しくなった日もありました。当事者として感じたことを綴ります。
あの日の日記

父のコトバ。

休職74日目。初めて父に体調や休職のことを話しました。父からかけられた言葉は、今でも私の支えです。うつ病で休職していた当時の日記を振り返ります。
あの日の日記

休職延長

うつ病で休職して59日目。復職への焦りや、体調が良い日に出かけられる自分への罪悪感を抱えながら、休職延長を決めました。「休むことはサボりではない」と気づくまでの記録です。
あの日の日記

「死にたい」と思った日

休職して8日目。仕事から離れれば楽になると思っていた私でしたが、休んだからこそ心と体の限界に気づきました。希死念慮や不眠に苦しんだ当時の記録です。
病気と暮らす

心療内科に通い続けて思うこと

うつ病と診断されてから10年以上、心療内科に通っています。‟いつ卒業できるのだろう”と思っていた頃から、通院との向き合い方が少しずつ変わりました。今の私が感じていることを書きました。
あの日の日記

いざ、心療内科へ!

仕事を休んで3日目、初めて心療内科を受診しました。「今は正常な判断ができない状態」「大事な決断をしない方がいい」という医師の言葉に救われた日の記録です。